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「桑田君のクセを見つけた」 監督のサインも“丸裸”…それでも叶わなかった打倒・PLの夢

新人王を獲得するなどヤクルト、広島で俊足好守のスイッチヒッターとして活躍した野球解説者の笘篠賢治氏は、上宮高(大阪)2年生の1983年春、控えのショートながら選抜で甲子園の土を踏んだ。「また、行けると思いました」。だが、残る3度の甲子園出場の機会は、全てPL学園に持っていかれた。高校野球の歴史にさん然と輝く“KKコンビ”を擁したライバル校を、どう見ていたのだろうか。
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